人に映る自分を観る~分離と統合

知り合いがりんごひと箱、送ってくれました。開けたと同時にふわぁ~っていい香りがしました。山形ふじ。

 

「人は自分を映す鏡」とは、

本当にそうだな〜

と改めて思うのです。

 

人に対して怒りが生まれるとき

ってあるじゃないですか。

 

例えばですね、

私は昔恋人に

「話に見出しを付けてほしい」

と、言われたことがあります。

 

なんの話をしたいのか

先に提示をしてほしい

と、いうことです。

 

具体的には、

・アドバイスが欲しいのか

・聞いてほしいのか

・意見が聞きたいのか

 

とかとかね。

 

当時(28歳)の私にとっては、

先に考えをまとめることは、

めちゃめちゃ難題でした。

 

話しているうちに、

何を話したいのか

わかるってことが

ほとんどだったので。

 

でも、

元恋人の言っていることは

そうだな~と感じたので、

苦労をして練習を重ね

少しづつできるようになりました。

 

(ブログを書けるようになったのも、この頃の努力の賜物っ!自分で言っちゃう。笑)

 

そして、

不思議なことにね。

 

何を話したいのか

まとめているうちに

自分で整理ができて

人へ話す必要もなくなる

 

ということも

度々ありました。

 

するとね、

またまた不思議なことに、

 

友人と話をしているとき、

 

「なんの話がしたいの?」

 

と、相手に対して

怒りを感じることが

増えてきました。

 

その感情を探ってみると・・・

 

元恋人に言われて努力した

自分が話をまとめる作業は、

私にとってものすご~く

大変だったからなんですね。

 

なので、

まとめる前に話をしている人に対して

 

・ダラダラ話しているっ

・まとめる作業をサボっているっ

・要点がわからないっ

 

という感情が生まれ、

イラだちを感じる訳なのです。

(ほんと小さなワタシ。恥)

 

だから、この怒りの本音は、

自分もダラダラ話したい

なんですね。

 

人に対して怒りを感じるときの

理由のひとつは、

 

その人がやっていることを

自分もしたい

 

です。

 

我慢しているってわかるだけで、

自分が必死だってわかるだけで、

 

怒りの感情って、

すぅ~って消えていきます。

 

結局のところ、

目の前に見えていること、

今感じていることは、

自分の中の自分

ということなんですよね。

 

外側にはないんです。

 

 

なので、

苦しいときというのは

 

じぶん

自分の中の自分(魂)

分離しているとき。

 

だから、

じぶんと魂を一体化

することが必要になってくる。

 

んで、どうやって

一体化するかといったら、

 

 

内を観ること

 

なんです。

 

内を観て、

自分の中の自分=魂の声を

受け取っていくうちに、

 

じぶんと魂が一緒になる

から、

 

自分の本音で生きていける

ようになるんです。

 

自分が丸っといっこになる

って感覚。

 

西村じゅんこ

星舟庵で過ごす一日

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