まさか自分が石けんを作って、
お客様にお届けする日が
来るなんて!
十五年以上精油には慣れ親しんで
いたけれど、そんな自分は描いていませんでした。
なぜ石けん作りを始めたか?
私は若い頃から顔や手に湿疹・吹き出物が出ることが多かったです。
それが大手企業の合成洗剤のせいだとわかったのは
ここ数年のことです。
合成香料、いつまでも残る不自然に強い匂い。
合成界面活性剤を使っているから
不自然に泡立ちもよく、いつまでも消えない泡。
それでも、便利で快適とさえ思っていました。
あるとき、ある人から手作りの
石けんを頂いて使い始めると、
湿疹も消えていく。
肌の赤みも消えていく。
合成洗剤をやめたからなのかな?
この石けんのおかげなのかな?
その時はわかりませんでした。
その石けんを作ってくれた人は
今、私の隣にいます。
彼女が繋ぐご縁がさらなるご縁を
繋ぎ、今、草木を蒸留した
芳香蒸留水を知りました。
琵琶の葉やどくだみを蒸留して
その芳香蒸留水をパシャパシャ
塗るだけで、
7、8年気になっていた顔のシミは
だんだん小さくなってきています。
芳香蒸留水は、元来、西洋では
医療の世界で重用されていました。
精油はどちらかといえば
蒸留水の副産物と言われていたほどです。
こんな芳香蒸留水で石けんを
作ったらどうなるだろう?
それを知りたくて
今、わたしは石けんを作っています。
固形石けんは、昔は日常の一頁だったのに、
今では合成液体洗剤が主流となって、
需要も減って
非日常になりつつあります。
僕も妻に言われるまでは、
普段使っていた合成洗剤の成分へ
真剣に目を向けたことはありませんでした。
合成洗剤は、石油、界面活性剤、他に酸化防止剤も
使われているものもあります。
化学合成を繰り返し、最終的には
自然界に存在しない合成界面活性剤が作られ、排水されて、
分解されないまま海を汚染しています。
石けんは、排水として海や川に流れ出ると、
短期間で大部分が水と二酸化炭素に生分解されます。
石けんカスも環境中に流れますが、分解されて
微生物や魚のエサとなります。
香りは直接、脳神経細胞の受容体と繋がって、
身体や精神の安定に作用できる目に見えない物質です。
合成香料や化粧品の不自然に強い香りや
日本人には強すぎる香水の香りに違和感を持っています。
だから、石けんの香り付けに精油を使いたい。
だけど、揮発性も高いので使った大量の精油のうち
残るのは、ほんのわずか。
今は試行錯誤しながら
コツコツと工夫を重ねてもいます。
ひとは、暮らしが便利になればなるほど、
祖先から受け継いだ大切なものを
たくさん手放してきています。
受け継いだものには私たちを育む
自然もあります。
目に見えない精神もあります。
目に見えない手間に費やす
時間と空間もあります。
精油や芳香蒸留水を作るには、想像を遥かに超えた
大量の植物たちの命を頂いています。
例えば、ローズの精油一滴には、
バラの花びら200輪程度が使われています。
たくさんの植物の命を費やして、
多くの時間も空間も手間も費やします。
石けんひとつに香りをつけるためにも
たくさんの植物の命を頂いています。
石けんひとつの香りづけのために精油を使うこと。
本心は、抵抗もあります。
石けんに加えた精油は、ほとんど残らないという
通説があるからです。
でも、できあがった石けんの香りに目を向けたとき、
お客様の「いい香り」というお声を頂いたとき、
確かな可能性と手応えを実感しています。
香りの調合や石けんの製造方法によっては、
もっとたくさんの香りを残すことができるかもしれません。
まだまだわからないこともたくさんあります。
今は、それを知りたくて突き詰めたいと
思って石けんを作っています。
使っていただいたお客様の
「いい香り!」
「使い心地がいい!」
「泡立ちもきめ細やか!」
「肌もツルツル」
「こんな石けん初めて出会えた!」
のお声に励まされながら
まだまだ勉強中です。
この先はまだわかりません。
もしかしたら、精油を使わない芳香蒸留水だけの
石けんにたどり着くかもしれません。
ただ、お客様には
自然の命を頂いていること
「洗う」という日常のひとコマにありながら
たくさんの自然の命を頂いた非日常である
贅沢な石けんであること
を思い描いて使って頂けたらなと思います。
精油に必要な植物は気候に左右され
大量の人手も土地も必要
だから、どうしても高価になります。
大企業が作るまがいもので作られた
まがいものの強い香りの合成香料は、
嗅覚と経皮から脳と身体に直接的なダメージを与え、
そして長い年月を経て蓄積されていきます。
「香害」という言葉が生まれるほど、
深刻に悩まれている方もたくさんいます。
頭が痛くなったり、気分が悪くなったり、
肌にもアレルギー反応が出て
慢性化を訴えている人たちもいます。
そのぐらい、嗅覚は人間の脳と直接的に関わっています。
直接、海馬と接続して記憶を保管できるのは、
五感の中で嗅覚だけとわかっています。
だからこそ、日常のひとコマである石けんに
芳香蒸留水と精油を使っています。
合成香料は、自然の香りの化学組成を分析して、
人間の嗅覚と記憶に残る成分だけを合成して作られます。
実験室の中で研究して作られ、
工場で安定して大量に作られるから安価に生産できます。
人間は、
便利さを手に入れるために
大切なものを手放し、
大企業が営利だけのために売る
まがいものを買う。
本当は、人工的な化学物質は安価なのに、
大企業は芸能人を使い、
メディアを使い、広告費に大金を
費やすから価格も高くなる。
人体への悪い影響は、都合が悪いから、わざとそこに触れない。
せいぜい、
「肌に赤みが出た場合は使用をおやめください」という
「小さな」文字の注意書き程度です。
「政治屋」も後援、利権、献金が
あるから、基準値も甘くして、企業を擁護して、
自分の足下が安心か
だけを心配している世の中です。
先日、琵琶の葉を蒸留しました。
子供の頃、母が煎じてくれた薬茶のようで
どこか懐かしく、記憶をくすぐられ、心も安らぎました。
祖先は自然の力を知り、自然の有り難みを知り、自然を崇め、
自然を怖れていました。
だから、
その自然の循環の中に人間は、いることを許されていました。
「地球に優しい」
「環境に優しい」
「自然に優しい」
は、とても違和感と怒り、不自然さを感じます。
こんな言葉から現代の人間は、
自分たちが自然を管理しているという
傲りや錯覚を持って生きていると、
氣づかされます。
自然に生かされているのは
人間です。
たったひとつの石けんですが、
たったひとつの手作り石けんに、
私たちはこんな想いを持っています。
星舟庵・湯河原町の石けん工房
西村 けん・じゅんこ