自分の幸せは自分が知っている

 

むか〜しのこと。

私は、ダンスをしていました。

 

辞めてから12年が過ぎたのですが、

去年あたりから

「このためにダンスをしていたのか・・・」

と、思うようになったんです。

 

「このため」とは、

辞めてから20年経った今もなお

思い出されるM先輩のことばです。

2回目の結婚をやめた言葉

私は、2005年12月に結婚をし、3年で離婚をしました。

離婚後の数年は、ものすごい自分中心で再婚を考えていました。

34歳までには出産をしたいとか、

自分の老後の生活のためとか、

世間体とか・・・(恥)

そして、1年くらい付き合った人と、結婚の話が持ち上がりました。

 

「これで、未来も安泰だ!」

と、思いました。

 

だけどそのとき、

 

 

 

 

なぜか、

急に、

ほんと不思議と、

 

 

 

 

ダンスのスタジオで出会った、M先輩の言葉が浮かびました。

その言葉とは、

相手が自分を好きってことが一番の理由だと、私みたいになったとき、辛いだけだと思う。

M先輩のストーリー

M先輩は、結婚してから半年で旦那さんが交通事故に遭い、遷延性意識障害(植物人間)になりました。

そして、旦那さんのご両親から

 

「離婚してください。あなたはまだ若い。たくさんの選択肢がある。」

 

と言われました。

でも、M先輩は離婚をせず、こう言ったそうです。

 

「私は、主人と一緒の人生を歩みたいから、結婚をしました。この事故も主人と歩むの人生のひとつです。」

 

それからM先輩は、旦那さんの元へ毎日通いました。

毎日、毎日、何の反応もない人に対して、

日々あった出来事を語り続けていました。

 

そんな日が、何年も続いた

ある日のことです。

 

「なんだかうまく踊れない。ダンス、辞めちゃおうかな。どう思う?」

 

と、話しかけた、次の瞬間!

 

 

 

旦那さんが、かすかに動いたように見えたそうです。

M先輩はその旦那さんの反応を見て、ダンスを続けることにしたそうです。

その後、旦那さんは意識を取り戻し、片言の言葉を話すようになりました。

M先輩は舞台を降り、介護の国家資格を取り、旦那さんと暮らしています。

自分の一部であった舞台の世界を退くことは、なんら苦でもなかったそうです。

今、ダンスは趣味として続けています。

打算の結果・・・

私の話に戻りますが、

「未来も安泰だ!」

と、打算で決めようとした結婚は、

M先輩の言葉を呼び起こし、

自分に問いました。

 

「この人が寝たきりになった時、介護をできますか?」

 

 

 

 

答えはNOでした。

 

結婚の話はなくなり、その人とも別れました。

 

 

そして、

2018年12月に別の人と再婚をしました。

 

結婚までには、

乗り越える壁が高かったので、

 

「もうやめたら?他の人を探したら?」

 

と、周りから言われることも多かったです。

 

辛い場面は多くありましたが、

一緒に乗り越えることで得たことは、

計り知れません。

 

そして、私は今幸せにしています。

 

自分の幸せは自分が知っていれば、

いいと思うんです。

 

あとがき

M先輩が、ダンスを辞めようか迷っているとき、旦那さんに話していたことを、会話ができるようになってから聞いてみたそうです。

 

あのとき、聞こえてた?って。

 

旦那さんは、

「辞めちゃヤダ!」

と、思っていたそうです。

 

動いたかどうかを確かめることは

もうできません。

 

でも、「思い」って

伝わることなんだと思いました。

 

また、旦那さんのお医者さんは、

目を開けたことも、

退院ができたことも、

奇跡だと、驚いていたそうす。

 

そして、毎日M先輩が通い、

言葉をかけていたことが、

その結果を産んだとも言っていたそうです。

 

人を想う氣持ちは、

目に見えないものだけど、

伝わるものなんだと思います。

 

星舟庵

西村じゅんこ

星舟庵のコース

SNSでもご購読できます。

ご質問などお氣軽にご利用ください(*^-^*)

友だち追加