誕生日とコンプレックス

私の誕生日は1977年9月20日です。安室奈美恵ちゃんと年齢も誕生日も同じです。

誕生日がコンプレックス

大スターの安室ちゃんと、生年月日が同じことはちょっと自慢ですが、20代にダンスをしていた頃は、ものすごいコンプレックスでした。

そして、安室ちゃんの姿を見るたび「同じ歳で、同じ日に生まれているのに、どうしてこんなに違うんだろう。どうして私はこんなにヘタっぴなんだろう」と、落ち込んでいました。

彼女と私は別の人なんだから、比べること自体が間違っているのにね。

ただ、自分には手の届かない人と思い、比べては凹みながらも、安室ちゃんのことは不思議とずっと憧れでした。

写真はスパイスさんよりお借りしています。この安室ちゃんが大好きです!

憧れの氣持ちとは?

「憧れの感情を抱く対象は、自分にもその要素がある。」という話があります。自分に全くない要素がないものに対しては、憧れの感情が生まれないそうです。

確かに、ファッション誌のモデルさんを見て「キレイ」とは思いますが「なりたい」とは思わないです。

プロのメイクさんに整えてもらった自分をみても「いつもの自分とは違う」という自分の意外性に触れた喜びはあります。でも、ずっとしていたいというかというと、それはなんか違う・・・諦めているとは違う感情です。幸福感が生まれてこないのです。

それより、自分で石けんを手作りしたり、自分の好きな精油を使って化粧水を作ったりしている方が、私はずっとずっと喜びや幸福感を得られます。

自分もできることに憧れを持つ

冒頭でお話したように、私は安室ちゃんが憧れです。前節と矛盾してしまいそうなのですが、容姿の話とはちょっと違います。笑

安室ちゃんって、そんなにニコニコと愛想をふりまいたりしないけど、ものすごい芯の強さを感じます。自分の使命を全うしているような。

そんな安室ちゃんを見ていると、自分が今乗り越えらず悩んでいることも、きっと自分ならできる!って、不思議と勇氣をもらえるんです。

そして「人に勇氣を与えられる人っていいな、私もなりたいな」と憧れを抱いている自分がいることを知りました。

人の悩みを直接解決をすることはできなくても、そっと何かを添えられる人になりたいな、そう思う自分がいたのです。

つまり、私が安室ちゃんに抱いている憧れの感情とは、ダンスが上手という表面的なことではなく、勇氣をもらっていたことに対してだった、ということを最近理解しました。

過去を受け入れる

会社を辞めたことも、大手のサロンを辞めたことも、なぜ自分へいつも遠回りばかりなんだろう…と思っていましたが、今の自分(感情)にたどり着くための、大事なプロセスだったと「今」は思えています。

そして、そう思えるようになったことは、過去に辛い思いをしたまま、深い奥に隠してしまった自分に、光を当ててあげられたことがひとつだと考えています。

しまったモノをもう一度出すのは、苦しみを伴うことではありましたが、未来を描きワクワクしている今の自分に出会うことができたのは、過去から逃げず受け入れたからだと思っています。

あとがき

私は子どもの頃、エレクトーンを習っていました。そして、発表会のときには、演奏の録音をしたカセットテープをもらえました。(テープというところに時代を感じます。笑)でも、自分の演奏を聞いていて、なんてへたくそなんだろうって引きちぎったことがあります。

今思い出してみると、小さい頃から、意識を外にばかり向けていたから辛かったんだな、と思います。

もっと自分が何を欲しているのか、自分がどうしたいのか、「自分」に目を向けていたらこんなに傷つかなかったのにな、と振り返ります。

最近は、やっと自分とも折り合いがついて「自分を大事にする」って言葉を、やっと受け取れるようになりました。

B系ガールズヒップホップを踊っていた
西村じゅんこでした。

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