『迷惑』という言葉

湯河原町の明け方の空@星舟庵離れの屋根

 

日本人の美学として

「人に迷惑をかけない」

と、いうものがあります。

 

でもねでもね、

声を大にして言いたいのです。

人のために自分が何かをできたときって、

めちゃめちゃうれしくありませんか?

 

 

私は、

「人に迷惑かけてはいけない。」

という教育を受けて育ってきました。

 

だから、

ちょっと何かをしてもらうことに

 

「迷惑じゃないかなぁ~」

 

って思ってしまう

思考のクセ

が、あると思います。

 

何かしてもらう=「すみません。」

みたいな。

 

例えばですね、

先日、大学に行ったときに、

こんなことがありました。

 

私は、

バックを持って席に座りました。

 

すると隣の人が、

 

「ここ一緒に使ってください。」

 

と、自分のバックを少し寄せて

私のバックを置ける場所を

作ってくれました。

 

私は、

 

「あっ、横におけるので大丈夫です。」

 

って、“反射的”

言ってしまったんですね。

 

でも、次の瞬間、

 

「あっ、やっぱり置かせてください。

ありがとうございます。」

 

と言い直しました。

 

何氣ないやり取りですが、

ここに大きな氣付きがありました。

 

「何かをしてもらう」=「迷惑をかける」

 

と、インプットされているので、

自分の中で全て解決しようと

自動的に動いてしまっている

私がいると。

 

 

自分で完結できるって、

一見いいことのように思います。

 

誰にも迷惑をかけていませんからね。

 

だけどだけど、

見方を変えると…

 

相手から

 

人に何かをしてあげる喜び

の機会を奪っている

 

とも思うんです。

 

ここでもう一度、

声を大にして言いたいのです。

 

人に何かをして喜んでもらえた時って、

めちゃめちゃうしれくありませんか?

 

だから、人の厚意や申し出を、

 

「ありがとうございます。」

 

と、受け取ることや、

 

「これ、ちょっといいですか?」

 

と、お願いすることは、

 

人へ喜びを届ける方法の

ひとつかもしれない

 

とも思うんです。

 

 

以前、しいたけさんの言葉に

「そうだよね!」と、

大きく頷いた文がありました。

 

これは僕の占いを仕事にしている者としての実感なのですが「他人に迷惑をかけてはいけない」と固く思っている人は、どこか他人と自分との間に壁のような、膜のような雰囲気が出ることがあります。でも、「まぁ、たまに他人に迷惑はかけちゃうよね」と半分諦めている人って、愛情とか交流を受け取れる余裕が生まれてきます。

しいたけ占い2019年9月23日〜30日から引用

迷惑をかけられる人って

1つの余裕なのかぁ!

 

って、大きく頷いたんですね。

 

なので、

 

「迷惑をかけてごめんなさい。」

 

から、

 

「私のためにありがとう。」

 

の思考へシフトするときなのかな

と、思いました。

西村じゅんこ

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